04:誰が為に影は舞う 「警察庁、在日米軍、自衛隊。日本で一番力のある組織の皆様方が、何の用です? ウチのような一介の組織に」 A-C-E-S本部、チーフ執務室。 東郷隆一郎の前には、3人の男たちが集っていた。 誰が欠けても、日本の安全・防衛を担う組織が傾きかけてしまう。そんな種類の男たちだった。 「言葉を慎みたまえ東郷君。いくら君が既に一民間人とは言っても、山本幕僚長は君の元上官だろう」 「まあまあ、いいんだよ。川崎警視総監。もともと無理を言って隆一郎君に時間を割いてもらったのはこちらの方なのだから」 「いや、他ならぬ幕僚長の頼みとあっちゃあ断れませんからな。で、そちらの方は?」 「ああ、紹介しよう東郷君。彼は・・・」 「初めまして、ミスター東郷。アメリカ空軍基地司令、シャープ・ダグラス大佐であります」 「こちらこそ初めまして。A-C-E-S総責任者の東郷隆一郎であります。日本語がお上手ですな」 「私は戦闘機乗りからの叩き上げでしてね。特に日本での飛行時間が一番長い。空から見る富士山の絶景は、何ものにも勝ると信じております」 「それはそれは。・・・では、今日の本題に入りましょう。お三方に託した『例のもの』の調子がおかしいそうですな?」 隆一郎は大佐と握手を交わして席に着くと、話題を切り出した。 「ああ。幕僚長と大佐と話したのだが、どれも融通が利かないという共通の症状がある。・・・おかしいだろう? 元は君のところのプロトタイプ、あれを元にしたというのに」 川崎警視総監は心底困り果てたといった表情で言った。 「ふぅむ・・・とりあえず今ウチの若い衆が診てます。その結果を見ないとなんとも言えませんな」 『若い衆?』 3人の問いに、東郷はニヤリと笑って答えた。 「ええ、若い衆です。とりあえず、格納庫に来て見てみませんか?」 「HEY、そこの黒い爆撃機さんよ! 後で俺とドッグファイトとしゃれこまねえかい?」 『その提案は拒否する。制空戦闘機の貴方と格闘戦に持ち込まれた場合、勝利する確率は限りなくゼロに近いからだ』 ソニックランサーは傍らに駐機している黒い爆撃機 ―B−2― に語りかけるが、すげなく拒否された。 「・・・何だ、愛想のねえやつだなぁ。ウィンド、ウェイブ、そっちのパトカーとレーダー車の旦那はどうなんだ?」 「ん〜、全然ダメだね。ヨタ話は記憶容量の無駄だからお断りだってさ」 「同じく。彼らには感情という概念はないのでしょうか」 「けっ、サイファーのプログラムをコピったっつうわりには随分融通のきかねえ野郎どもだな。ヤン主任さんよ、いったいどうなってんだい?」 ソニックランサーは端末を叩いているヤンに尋ねる。ほどなくしてヤンはキーボードから手を離し、ため息をついて答えた。 「はぁ・・・これじゃ感情表現が希薄になって当然だ。ノイズがまるでないじゃないか」 「妙な事を言いますね。ノイズがない方が機械としてはありがたいと思うのですが」 「そういう意味のノイズって意味じゃないのさ、ウェイブランサー。人間は『YES・NO』だけで全てを決定しているわけじゃない。あいまいな、無駄とも思える判断をしているほうが多いんだ。超AIはわざとそういったあいまいな判断ができるようにしてあったはずなんだが・・・そういった部分が綺麗さっぱり、論理思考重視のプログラムに変更してある」 「ふーん。要はガチガチ頭ってこと?」 「そういうことだ、ウィンドランサー。ったく、超AIの長所がまるで活かされてない。柔軟さのかけらも無いじゃないか・・・誰がこんな育て方をしたんだ?」 「悪かったな、こんな育て方で」 ヤンが振り向くと、東郷に連れられて川崎らが格納庫にやってきた。 「東郷君、彼らが君の言う『若い衆』なのか?」 「そうです。紹介しましょう、彼は楊梁飛、A-C-E-Sの技術主任です。そして、正面の戦闘機、新幹線、潜水艇・・・彼らは我々の新たな仲間、ランサーズです」 「よう、アンタ達がコイツらのボスかい? 全く、無愛想でつまらんぜ。一体どう育てたらこんな石頭の息子さんが育っちまうんだい?」 「おい、ソニックランサー! 言葉が過ぎるぞ?」 「ああ、いや。ソニックランサーの言うとおりだ、ヤン。・・・ウチの超AIの利点については以前お話ししたはずですがね。それを活かせばこうはならんはずなんですが・・・何をやらかしたんです?」 「・・・上層部の方針でね。私が感情があることの意味と利点を説明しても、そんな余計な機能は要らない、それよりも性能と機能をいつでも発揮できるようにせよとのお達しが来た。本国は超AIを無人戦闘機のOSと同じ程度にしか考えていないようだ」 「私も防衛省長官に掛け合ってみたが、大佐が言われたのと同じような回答だったよ」 「公安委員会も似たような答えだった。せっかくの記憶容量を、感情などという不確定な物に無駄遣いするな、それよりは知識を詰め込んで的確な働きをさせろ、と言われてね」 3人は一様に答えた。 「・・・するってぇと、何ですか。こいつ等の頭ン中には、六法全書と兵装マニュアル、あとは教本の内容しか入ってない、ってわけですな。そりゃあ融通がきかなくもなりますわな。何せ現場を離れた人間の教育しか受けてないんですから、ハハハ」 「東郷君!!」 「まあ、冗談はさておき。ハッキリ申し上げて、修復には時間と予算がたんまりとかかります。あなたがたのやって欲しい作業は、言わば赤ん坊を数日間で育てろと言っているようなものですから。あと、再教育に関しては全てウチに一任していただきますので、終わるまでは一切手を付けないで頂きたい」 「・・・わかった。東郷君、全て君に任せる。警視総監、大佐、異論はありませんな?」 「ええ。彼らは専門家だ、全てお任せしますよ。よろしく、ミスター東郷」 「・・・そうするしかないようですな」 東郷は3人にラフに敬礼すると、整備員と共に端末を叩いて作業に取り掛かった。 「よお神崎。・・・って、また寝てんのか」 「佐々木か・・・んだよ・・・人がせっかく昼休みの貴重な惰眠をむさぼってるってのに」 明らかに不機嫌な表情を浮かべて界人は上半身を机から引き剥がした。目の下のクマが不機嫌さをさらに際立たせている。 「三沢センセが呼んでた。職員室に来いってよ」 「・・・? わかった、サンキュ」 界人は立ち上がると、頬を数度平手で軽く叩きながら教室を後にした。 <<何か問題でも起こしたか?>> 「さっぱりだ。サイファーだって俺の学校生活は毎日見てるだろ?」 <<ああ。特に問題はないな、授業中に居眠りをする以外は>> 「・・・さらりと嫌な事言うもんじゃないぞ、サイファー。それに指されてもきっちり答えてるし、テストもちゃんと解けてるからノーカウントだ」 <<私の演算能力を変な方面で役立てないで欲しいんだがな>> 「・・・あー・・・だから眠ってても授業内容がわかるわけだ。やっと理屈がわかった」 「お、神崎。待ってたぞ」 三沢教諭は界人が職員室に入るのを見つけると、立ち上がって出迎えた。柔道部の顧問をやっているだけあり、その体躯は迫力があるが、ワイシャツの胸ポケットに付けられているネームプレートの「三沢博巳(みさわ ひろみ)」という優しげな名前と温厚そうな声が、迫力を半減させていた。 「先生。俺、何かしましたっけ?」 「ん。まあ、ここじゃなんだから、面談室で話そう」 「・・・?」 面談室は職員室の隣にあり、向かい合わせに並べられた椅子の間に机が置かれている。防音効果のある壁で仕切られており、主に問題を起こした生徒の指導や叱責に使われているため、生徒たちは「取調室」と読んで忌み嫌っていた。 「・・・あのォ。俺、ホントに何もしてないんですけど? 何でこんな場所で・・・」 「あ、いや。他の人にはあんまり聞かれたくないだろうからな・・・今日呼んだのは、この事でだ」 言いながら三沢は、手に持ったファイルの中から一枚のプリントを取り出し、机に置いた。表題は「修学旅行参加承諾書」となっており、下部に生徒の署名と【修学旅行に 参加します 参加しません】という欄がある。 三沢が取り出した用紙にはすでに界人の名前が署名してあったが、参加の是非を問う部分は【参加しません】に印がつけてあった。 「・・・やっぱり、行き先がまずかったか? 俺もその事が気になったんで、行き先を決めるときの会議で、東京はやめにするように進言したんだが・・・」 「ん・・・まあ、そうですね・・・。昔はあの場所がTVに映ったりするだけでガタガタ震えたり、吐き気がしたりしましたし、今もたまに落ち着かなくなったりしますから。そんなんだから、もう一回あそこに行こうって気にはならなくて」 「ご両親の事やあの日の事で悩んでるのは良くわかる。ただ・・・いつまでも引きずってるわけにはいかんだろ? お前だって日本人である以上、いずれ何かしらで『東京』という街とは関わらなきゃならないわけだし。ここは・・・吹っ切れとは言わないが・・・少しでも克服するチャンスだと思って行ってみないか?」 他の生徒にはまだ秘密なんだが、これがコースだと、三沢は旅行のしおりを界人に差し出した。 「・・・ちょっと・・・考えさせてくれませんか」 界人は一礼して面談室を辞した。 昼休みはすでに終わりに近い時間になり、多くの生徒は教室に戻っている。 (東京・・・) 立ち読みのような感覚で、界人はしおりを開いた。 斜め読みしていた界人だったが、数ページ読み進めたところで、その瞳孔がカッと開かれた。 意識の表層に出さないように心がけていた単語と、そこから連想される映像が、頭の中からほじくり出されたからだ。 瞬間、目の前が真っ暗になり、足の力が抜ける。 <<界人!>> 慌ててサイファーが感覚器に補正をかけ、何とか転ぶ事は避けられた。 <<大丈夫・・・では無さそうだな。脳内物質の分泌が不安定になっている>> 「悪い。あの場所がコースに入ってるとは思わなかったんで、つい・・・ね」 界人は取り落としたしおりを拾い、感覚を取り戻すように、ゆっくりとした足取りで教室に向かった。 そのページには、こう書かれていた。 「東京大規模破壊テロ発生地点 グラウンド・ゼロ・セカンド(G02)」 「そんな・・・彼らはまだシステム解析が終わったばかりなんですよ!? メンタル面はこれから手をつける予定なのに・・・」 「それは俺からも何回も言ってやったさ、エイミ。だが、どうやら偉いさんにとっちゃ、下手な見栄の比重の方がデカいみたいでな・・・」 地下格納庫にエイミと東郷、二人の落胆した声が反響する。東郷はため息をつくと、黒い3機のマシンを見据え、投げやりな声で言った。 「ったく、よりによってG02でこいつ等の完成披露式典と公開テストだと!? 完成度で言えばまだ半分にも満たないってのに・・・『超AIは飾りです、偉いさんにはそれがわからんのです』ってわけには行かねえんだぞ」 「しかもテスト日は東京テロが起きてからちょうど10年後のあの日、ですか。そこで形だけテストを成功させて、自分たちの政治力のアピールに使おうというわけね。・・・つくづく呆れるわ」 「全くだぜ。そういやその日、界人たちの学校の生徒が修学旅行でG02に行くみたいだな。・・・最も、界人は嫌がるだろうけどな」 「ますます心配になってきたわ。この子達、全然融通が利かないから、不測の事態が起きたらどうしようもないかもしれないのに・・・。チーフ、やっぱり私も現地入りします。ヤン主任だけではやはり不安ですから」 『だったら、我々も行けばさらに好都合だな』 地下格納庫にインホイール・モーターの回転音が響き、白いNSXがスロープを降りてきながら言った。 「おう、界人にサイファーか。サイファーはいいとしても、界人は大丈夫なのか?」 「・・・正直、わかんない。けどまあ、いつまでも引きずってたらこの先必ず困るだろうから、リハビリだと思って行ってみる事にしますよ。・・・それに、あそこの慰霊塔には親父と母さんも眠ってるし、そこの3機の完成披露式典だってあるんでしょ? 何かあったら俺とサイファーでお守りに回りますから」 『そうだな。まして今はウィルスに汚染されたロボットの暴走が頻繁に起きているから、彼らが狙われない保障は全く無いといっていい』 「判った。山本幕僚長達には俺から話を通しておくから、会ったら挨拶しとけよ。・・・って、ちょっと待った。界人達が万が一巻き込まれたら、まず界人は怪しまれないように一緒に避難しなきゃならんわな」 『そこで俺たちの出番ってわけだな、東郷さんよ?』 東郷たちの会話に割り込むように、ソニックランサーが話し掛けてきた。 「ああ、そういうことだ。お前らは当日はスクランブル体制。非常時には被害を最小限に食い止めるように。いいな?」 「オッケー。空母に乗ったつもりで任せといてよ!!」 「それを言うなら、大船に乗ったつもりで、でしょうに。大体、武装が乏しい空母ではあっという間に沈められますよ」 台場。 それはかつて、海に向けて大砲が設置された場所であるということが地名の由来であるという。 故に界人は、その地名を嫌う。 (昔と同じように大砲でも仕掛けてあれば、親父と母さんは死なずに済んだかもしれないのに) 新ゆりかもめの車内から台場の風景を眺めながら、界人は思った。 界人の知っている台場は、もっと華やいでおり、人々の笑顔が絶えない土地だった。 それが今となっては、『テロの教訓を活かして』と銘打った再開発計画により、遊覧船の隣にイージス艦が停泊し、沖合いに増設されたメガフロートから軍用ヘリが発着し、イベント会場の周りには常に自衛隊員が巡回しているといった、いびつで物々しい土地へと代わりつつあった。 無論、この計画が発案された当初は反対の声が挙がったが、界人はこの再開発には賛成していた。再開発によって、景色が変われば、あの日の苦しみを思い起こす事も無くなるだろうという思いも、今にしてみればあったのかもしれない。だが、いくら再開発が進み、界人の知っている景色が塗りつぶされても、記憶の底にあるあの日の景色だけは決して塗りつぶされる事は無かった。 燃え盛るビル群。逃げ惑う人々。うめき声、悲鳴。脳内にこびり付くような金属音。巨大なロボット達の足音。地響き。耳をつんざく化け物じみた火器の音。 そして、目の前に迫ってきたビルの瓦礫。界人の記憶はそこで一度ブラックアウトし、気付けば両親の棺が目の前にあった。ただし、その日の記憶さえも『妙に青白い顔の両親が横たわっていた』という事実しかないような気がする。 あの日、自分は涙を流していたろうか? それすら思い出せない。 「いと・・・界人!」 「ん!?」 呼ぶ声にビクッ、と反応すると、晶の顔が目の前にあった。 「何ボーっとしてんだよ? 着いたぜ?」 「あ、ああ。悪い」 バッグを手に立ち上がると、グラリ。視界が歪んだ。 「・・・大丈夫かよ?」 「う・・・まあ。ずっと座ってたんで、ちょっと立ちくらみが・・・」 晶に支えられてやっと席を離れる界人。 駅のホームに降り立つと、やはり警官の影がそこかしこに見え、観光というムードが幾分か削り取られているのを感じた。 ここはお前たちのような物見遊山の人間たちが来る所ではない。そんな声がどこかから聞こえてきそうで、界人は台場という土地全体に否定されているような、そんな気がした。 「これが新兵器か。しかし随分と物々しいね、川崎君。もっとこう・・・なんだね、軟らかい感じには出来なかったのかね」 「示威的効果等を考慮しますと、やはりある程度は堅さが必要かと判断いたしました」 「だがねぇ、昔に比べれば随分と減ったとはいえ、こういった兵器に難色を示す人々というのはいるもので・・・」 あれやこれや。いつの時代も為政者とはネチネチと文句しか言えんのかと思い、ため息をつきながらエイミは愚痴る。 「あの子達は兵器じゃないわよ、ったくあンのジジイどもが。自分たちの使う物の説明書くらい、事前に読んどきなさいよ」 「・・・荒れてるねえ、エイミちゃん。まあ、川崎総監がいなかったらその文句が全部こっちに回ってきただろうなぁ・・・総監には後で御礼を言っとかなきゃいけないかな」 ステージ上に展示されたパトカーの運転席から、ヤンが声をかけた。エイミはため息をついて、パトカーのボディを撫でる。 「私、やっぱりこの子達をあの連中に渡したくありません。あんな連中に好き勝手いじられると思うと、悲しくなってきます」 「僕も、いちクリエーターとしては大反対さ。だけど・・・彼らの機嫌を損ねたら、鶴の一声で僕らは一日一食、カップラーメンだけの生活になり、サイファー達も接収されちまうかもしれない。気に入らないが、何とかこらえなきゃいけないな・・・」 ヤンはノートPCを閉じてパトカーを降り、ポンとエイミの肩を叩く。 「ま、界人君達も今日はここに来るって言うじゃないか。せめて、彼らの力が120%引き出せるようにはしてやろうよ。二度と界人君のように辛い思いをする人が出ないようにさ」 「・・・そうですね。それに、もう2度とこの子達に会えなくなる訳じゃないし・・・」 自分を納得させるようにエイミは頷くと、ステージに鎮座する他のマシンのチェックへと向かっていった。 グラウンド・ゼロ・セカンド。 20年前の忌まわしい事件の後に人類が体験した、2度目の惨劇の場はいつしかこう呼ばれるようになった。 かつてそこにあった巨大なTV局はもう無く、辛うじて残った展望室の一部が事件の象徴として安置されているに過ぎない。 だが、界人にはそのひとかけらさえも、事件を思い出させるトリガーになりえてしまう。 その慰霊記念公園に界人達は集っていた。 「・・・・・・」 思わずこめかみを抑えて頭を振る。 「おい、界人・・・」 「・・・OK、晶。もう大丈夫だ」 ふうっ、と息を吐いて、界人は目の前のステージに目をやった。 瓦礫を取り除いて作られた広大な更地に、3機のマシン ―レーダー付きの大型トレーラー、パトカー、ステルス爆撃機― が鎮座している。 「・・・あれが新しく作られたっていうマシンか、界人?」 「ああ。実のところ、俺もまだ触った事がないから詳細はさっぱりわかんないけど・・・自衛隊、警察、在日米軍の委託で開発したって話でさ」 <<名前だけなら教えても構わないとチーフから伝えられた。トレーラー型がランドゲイザー、パトカー型がナイトゲイザー、爆撃機型がクラウドゲイザー・・・合わせてゲイザーズと名付けられた。まあ、あくまで我々の間での愛称だがな>> 「ふん。仮にも兵器だろ? それを平和記念の集会で公開するなんざ、何考えてるのかわかりゃしない。なあ界人?」 「俺は別にいいけどな・・・むしろ10年前にこいつらがいてくれたら、親父達は死なずに済んだかもしれないんだし」 界人達の会話を遮るように、マイクのハウリング音がやや響き、ステージ上に一人の初老の男性・・・総理大臣・・・が立ち、演説を始めた。 界人の耳はその演説の所々に現れる「キレイゴト」を鋭敏に捉える。その度に爆発してしまいそうな感情を、界人は必死で押さえつけねばならなかった・・・ 『全く、俺には理解できんよ』 「私も同感だな。この集会は平和を祈念する催しだというのに、全く逆のアトラクションを用意しているとは・・・理解に苦しむとしか言いようがない」 『アンタが言うセリフか? 集会の理念に反した事をしようとしてるのは、他ならぬ教授殿だろうに』 「ふふ、確かにそうだな。・・・オメガ、ぬかるなよ」 『誰に言ってる。教授殿こそポカをやらかすなよ」 『続きまして、日本政府とA-C-E-Sの共同開発により誕生した新型ロボットを披露致します』 司会の声に続き、ステージの後ろに鎮座していた3機のマシンにかけられた布が取り払われる。 特に人間が乗ってもいないのにそろそろと動き出したことに、界人達を除いた修学旅行生をはじめとした観客・来賓達は驚きを隠せない様子だった。そのまま3機は洋上に仮設された演習場に向かっていく。 3機が到着すると共に、待機していた自衛隊の戦車や、人の腕を模した作業アームを装備した特殊車輌が起動した。 その人型車輌、HB(ヒューマノイドビルダー)を見た界人は不快な表情を浮かべた。 <<そうか・・・10年前の事件は非合法に武装したHBの侵攻から始まったんだったな・・・大丈夫か?>> サイファーが界人の脳内から語りかけるが、界人の視線はHBとゲイザーズに固定されたまま微動だにしない。 『この新型ロボットは乗り物から人型への変形機構を備えており、現場での迅速な展開能力と強大なパワーを両立しております』 その声に答えるように、3機は人型へと変形。おお! とどよめきの声があがる。界人達を除いては。 『まがい物にしては、まあよく作った方だろうな』 「オリジナルが10年かけたものをわずかな期間で真似ようなど、どだい無理な話だ。だが、排除するにこした事はない」 『そちらは任せる。俺はデータ収集に徹すれば良いんだな』 「そうだ。では・・・始めよう」 戦車隊の機銃掃射を受けながらも、つかつかと戦車に歩み寄るゲイザーズ。 そのままガシリと戦車を掴み取ると、砲撃が止んだ。続くHBの鉄球攻撃も、ひらりと回避すると、蹴りを一撃見舞って横転させてしまう。 そのパワーとスピードに、来賓や観客からは惜しみない拍手と歓声が寄せられるが、界人達は冷めた目で見ていた。 「動きが直線的過ぎるな。ひたすら力任せなのもいただけない」 「見た感じじゃ、3機とも別々のコンセプトで作られてるはずなんだけどなぁ・・・あれじゃチームの意味がないじゃんかよ。なあ界人?」 <<仕方ないだろうな。完成を急かされるあまり、AIの教育が十分出来なかったのが響いている。おまけにそれぞれの所属する組織がバラバラでは・・・正直、あのままでは彼らには期待できない>> 超AIロボの戦い方を間近で体感している界人達は、その完成度に不満を示した。 (あれじゃ結局、作業用ロボットと変わりない・・・有事の際に臨機応変に対応する事は無理だ) 「よし、終了だ。帰還せよ」 山本幕僚長の号令一下、3機は観客に敬礼をして演習場に背を向けて歩き出す。 「ご満足頂けたでしょうか?」 「うん、予算分の説得力は充分にあったねぇ。しかし、もっとこう柔軟性が欲しい所だが・・・」 「今少し時間と予算を頂ければ、充分な改良を施せますが・・・」 お前たちの要求に大急ぎで従った結果がこれだ・・・多少の嫌味を込めて、川崎は来賓の政治家たちに進言した。 「まあ、今日の所は彼らのお披露目ということだけで充分でしょう。正直、急ごしらえでここまでこぎつけられたのには、エイセスの皆さんのご尽力によるところが大きかったのですから。彼らにこれ以上を強いるのは酷というものです」 「ハハハ、シャープ大佐がそうおっしゃられるのでしたら、確かにそうなのでしょうな」 虎の威を借る狐。大佐に対して途端に態度を豹変させる政治家達を控室から遠目に見て、エイミはそんな単語を思い浮かべた。 「・・・いつの時代も変わらないのね、日本の政治家ってものは」 「しょうがないさ。大佐が僕らの理解者でいてくれるおかげで仕事がしやすいってのも事実だけど・・・ん?」 「どうしたんです、主任?」 「ゲイザーズが警戒態勢に入った・・・まだ演習の続きがあるのか?」 「プログラムではこれで終わりのはずですけど・・・上の方々のリクエストでエキシビジョンでもやるのかしら?」 「山本幕僚長か川崎総監、シャープ大佐でも良いや。とにかく誰かに確認を頼むよ、エイミちゃん。僕はゲイザーズのシステムをチェックするから」 「・・・失礼。ちょっと・・・」 大佐は携帯電話を軽くかざして見せると、政治家たちとの談話の席を離れ、電話に出る。 「はい・・・えっ? ・・・いや、そんなリクエストは出していないはずですが・・・」 ズドンッ!! 轟音。後、悲鳴。観客たちは完全にパニック状態に陥っていた。大佐は右耳を電話に、左耳を悲鳴と怒号に占有されている状態でも、その音の正体を瞬時に、正確に悟った。 (戦車の滑腔砲・・・!? 一体誰が・・・) 反射的にシャープ大佐はVIPの控え室へと駆け込んでいた。 「幕僚長! 今のは・・・」 「ああ、ウチの戦車の120mm滑腔砲だ・・・まずいことになったようです、大佐。・・・演習場の兵器とHBがハッキングを受けたようです。こちらの制御を全く受け付けません」 「何ですって。それで彼らは無事なのですか?」 「ええ。こんな時のために建造された彼らです、早速事態の収拾に当たらせましょう」 『皆さん、落ち着いて避難してください!! 係員の誘導に従って、列を乱さずに・・・』 一般ピープルがこんな時に慌てんなっつったって、無理に決まってんだろう! 我先にと避難する観客や来賓の列に揉まれながら、晶は界人に呼びかけた。 「ここは危ないぜ、界人! うまく抜け出してヤン主任達に合流しねえと・・・おい、聞いてるのかよ・・・」 手を無理やり引っ張った晶は、不意にその手が重くなるのを感じた。 「界人、界人ッ・・・!?」 界人は晶に手を掴まれた体制のまま、腰を抜かしていた。顔面は蒼白、歯はガチガチと震え、目の焦点は定まらず、う、ああ、という声だけが口から漏れていた。 「何やってんだ!? しっかりしろっ、界人・・・!?」 晶は戦車の機銃座が妙にゆっくりと回転し、自分たちに照準を定めたのを確認した。 「・・・!!」 晶の周囲の全ての音が遮断された。恐らく自分の耳は機銃のモーター音を捉えるのが最後の働きになるんだろう、晶は妙に冷静にそれを実感する事が出来た。 逃れなければならない、そう頭では理解できていても、体は動かない。晶はこのとき、界人が東京という地をかたくなに避けていた理由をそのときになってはっきり理解した。 東京には、自分を殺すであろう要素があまりにありすぎることを本能的に察知していたのだろう。 それに気付いた瞬間、機銃の銃身が微震し、晶の視界がブレた。 「チェックは二重、三重・・・いやそれ以上に厳重に行ったはずだぞ!? なのに暴走するとは一体どうなっている!」 「責任の追及は、するだけ無駄ですよ。幕僚長」 無線に怒鳴る幕僚長の声を遮ったのは、ヤンだった。 「ロールアウトした当初から潜伏性のウィルスを仕込まれてたんですよ、あそこにある兵器は。そして、ある一定の条件が揃った時点で活動するようにされていた・・・というわけです」 「しかし、工場のネットワークはCy-netを使っているんだぞ。擬似人格システムのウィルスに対する抗性・修復機能は完全のはずだ」 「それは間違っていません。だが、その壁を唯一突破できる人間がいます。システムを構成した開発者レベルであれば、壁など無いも同然です」 「馬鹿な、開発責任者である神崎博士が亡くなられた以上、擬似人格の核のシステムを改変できる人間がいるわけが・・・いや」 そこまで言いかけ、幕僚長の顔が苦虫を噛み潰したような顔になる。 「・・・10年前の惨事も今日と同じような状況で引き起こされた・・・となると、奴か・・・」 「ええ。プロフェッサー・ムラクモ・・・彼は今もなお、裏の世界で生き続けています」 熱い風が頬をかすめる。 常人ならそれだけで失神しそうな衝撃を、サイファーは意図的に肉体の感覚を殺して耐え、傍らの晶の体を全力で突き飛ばした。 意図していなかった衝撃に、晶は気を失う。 (やはりトラウマの影響は大きかったか・・・界人がまともになるまで何とか時間を稼がねば) サイファーは晶を抱きかかえ、界人の筋力を最大限まで引き出し、慰霊塔めがけて走った。 一秒に満たないタイムラグの後、足元を狙った機銃掃射がサイファーの後を追う。 (まだか・・・!) 焦れるサイファーを尻目に、機銃の狙いが次第に正確になっていく。 (あと一歩・・・!) 慰霊塔の影に飛び込めば、しばらくは機銃掃射から身を隠せる・・・ぐん、と踏み込んだ足に力をこめた刹那、一発の機銃弾がスニーカーのソールをこそぎ落とした。 足そのものに命中はしなかったものの、その一撃でサイファーはバランスを崩し、派手に転倒した。 (く・・・油断した!) ふらりと立ち上がるサイファーに、今度は榴弾砲の砲身が真っ直ぐ向けられた。爆風で確実にダメを押すつもりなのだ。 足に力を入れようとしたが、筋肉が硬直して動かない。これまでかとサイファーが覚悟を決める。 直後、爆発音。だが、サイファーの五感は生きており、その爆発音が敵の攻撃によるものでないことをはっきりと感じていた。 『Take it easy! 地面を這うだけの戦車なんざ、亀と同じだぜ!! そうだろう、サイファーの旦那?』 「遅いぞ、ランサーズ! こちらはその亀にもう少しでやられる所だったぞ!」 『申し訳ない、サイファー。民間船の避難に時間を取られました』 『ボクも、避難する人たちを乗せた列車の運搬で手間取っちゃって。ここは任せて、サイファーは早くヤン主任たちと合流して! ボディの整備が済んでるはずだよ!』 「ああ。くれぐれも油断するなよ!」 再び晶を抱きかかえ、サイファーは走り去る。 『手間ァかけてちゃ、ここら一帯が滅茶苦茶にされちまう。ウィンド、ウェイブ! ここは合体して一気に決めるとしようじゃねえか!』 『オッケー!』『行きましょう!』 ソニックランサーの号令一下、3機が空へと舞い上がり、 「機甲合身ッ!!」 ランサーズが三位一体となった姿、イクスランサーが大地に降り立った。 「手短に片付けさせてもらおう・・・む!?」 イクスランサーが槍を構えた途端、演習場のHBや戦車達が妙な動きをはじめた。 全ての車輌がひとつところに集まり、それを次々にHBがクレーンやアームで拾い上げては、自らの体に鎧の如く装着していく。やがて、4体ほどの無骨なロボットが姿を現した。 「これはあの時、港で見た敵ロボットと同じだ! こちらイクスランサー、新たな敵性ロボットが出現・・・警戒されたし!」 映像を記録してヤン達に通信を送ると、イクスランサーは身を低くし、バーニアを吹かして敵ロボットの群れに突撃を敢行した。 「10年前の悲劇は繰り返させん! 恨みは無いが、ゆくぞっ!!」 「ヤン主任、ボディの用意は!?」 「晶さん、サイファー! 無事だったか・・・ボディは大丈夫だが、界人君は?」 「ダメだ。さっきの襲撃がきっかけで、恐怖のタガが外れた。今は虚脱状態に陥っている。ドレッドサイファーにはなれないが、出ないわけには行くまい」 「そうだね。今はイクスランサーが対処してるが、数とパワーで苦戦しているらしい。用心してくれ」 「了解だ。界人を頼む」 界人の体から、ボディへと意識を移すサイファー。ホイールスピンしながらNSXが走り去ると同時に、界人の意識が戻る。 「・・・もう大丈夫だ、界人君。サイファーとランサーズが敵を止めるために向かってくれた」 「あ・・・ヤン主任・・・?」 「今のうちにクラスの皆の所へ戻るんだ。ゲイザーズを向かわせて避難を手伝わせるから」 「で、でも」 「気持ちはありがたいが、今の君じゃ戦うのは無理だ。君の心と体は今、完全に萎縮してしまってる。・・・仕方が無いさ、誰にだって耐えられないほど嫌な事はある。今は一刻も早くここを離れた方がいい。ここが戦場になる前に」 震えをこらえて戦いに出ようとする界人を、毅然とした態度で諭すヤン。 「・・・晶さんを頼むよ。ここももうすぐ修羅場になる。そうなれば、晶さんが危ない」 「・・・は、はい・・・! サイファーを頼みます・・・!」 晶をおぶって走り出す界人。それを確認したヤンは、別ブースにいるエイミに電話を入れた。だが、その表情が数秒後に凍りついた。 「・・・ゲイザーズが出撃拒否!? どうしてだ!」 携帯電話を投げ捨てて、ヤンは走った。 「今だ、イクスランサー!」 「応!」 サイファーに銃口を向けた敵ロボットの胸から、コーデッドランスがドン、と飛び出す。 周囲には4体のロボットがスパークしながら転がっている。 「・・・少なからず被弾しているな。大丈夫か、イクスランサー?」 「本調子とはいかないが、何とか動ける。サイファーが来てくれなければ、正直危なかったかもしれん。・・・奴ら、戦闘力の低いものから優先して狙うようにルーチンが組まれているようだった。合体前のサイファーを優先して狙ってくれたおかげで、俺が自由に動けたのがよかった」 「ここはもう良さそうだな。避難を手伝いに行こう」 演習場を後にし、二人は式典会場に向かって歩き出した。 が、突如としてイクスランサーががくりと膝をついた。 「どうした? エネルギーが尽きたか・・・!?」 サイファーはイクスランサーの体をあらためる。 背中から煙が上がっていた。明らかに外部からの攻撃によるダメージである。 「ぐ・・・油断した・・・! 奴ら、まだ動けるようだ・・・!!」 「何だと・・・!」 イクスランサーの背中をかばうように立ったサイファーは、ありえない光景を目の当たりにした。 倒した敵の機体から、損傷したパーツが次々にパージされていく。そのまま4機の敵は折り重なるように集まると、互いの使えるパーツをもぎ取ると、自らの体に再結合させていく。 「再生するつもりか!!」 そうはさせじとサイファーがフリップダガーを取り出し、敵に突き立てようとするが、寸前で凄まじい衝撃を横から喰らい、あっけなくサイファーは吹き飛ばされる。 「くっ・・・これは・・・!」 倒れ伏したサイファーの横には、巨大な鉄球が転がっていた。 よく見ればそれは鎖によって、さらに巨大な右腕らしき部位に結ばれている。 左腕らしき部位は、戦車が数台集まって指先を形成している。 2本の短い足は何台もの車輌が寄り集まって形成され、無数のキャタピラが装備されている。 ボディらしき部位はそのあたりに転がっていた重機のものを無理やり接合したらしく、頭部ではむき出しのパワーショベルのコクピットが、ガチャガチャと不気味に蠢いている。 驚愕するサイファーに、左指の砲が向けられた。 「ちいっ!!」 跳ね起きて回避する。ひるんだその隙に敵巨大ロボットはキャタピラを唸らせ、街路樹や街灯をなぎ倒しながら演習場を出て行った。 「まずい・・・あの方向は式典会場!!」 「まだ避難は完全ではないというのに・・・いくぞ!!」 負傷した体を無理やり起こすと、二人は敵の後を追った。 「論理矛盾ね」 ヤンと共にゲイザーズの行動ルーチンを解析したエイミが静かに、落胆した様子で呟いた。 「今組み込まれている思考プログラムは『敵を倒す為』に作られたプログラムです。『市民を防衛せよ』という命令は、目的、いや存在意義に反すると彼らは判断したのです。・・・だから言ったんです、思考パターンに柔軟性を持たせないといけない、と」 場に集った政治家や重役たちに重い空気が漂った。お互いを見るその視線が、暗に責任の擦り付け合いをしているように、エイミたちには見えた。 「こうなればマニュアルで動かすしかないな。変形は無理だけど、ビークル形態ならなんとかできる」 「そうね・・・でもあと一人足りないわ」 「私がその爆撃機に乗る」 来賓の中から一人、手を上げて前に進み出る男がいた。 「・・・シャープ大佐?」 「今回の件、私が上層部に超AIロボットの理念をうまく伝えられなかったことにも非があります。それに、今でこそ地上勤務ですが、それでもまだパイロットでいた期間のほうが長いのでね。お役に立てると思います」 「・・・ありがとうございます。今は一人でも多く人手が欲しい所なので」 「では、私はその車輌の砲手を務めましょう」 「私は現地で避難の誘導にあたろう」 大佐に続いて山本幕僚長、川崎警視総監が進み出た。ヤンは頷くと、幕僚長と共にランドゲイザーの運転席に着いた。エイミは警視総監と共にナイトゲイザーに乗り込み、大佐はクラウドゲイザーのコクピットに座った。 『では、行きましょう。幸運を』 2台と1機が勢い良くブースを飛び出していった。 ざわめく駅の中で、クラスメイトと共に界人は晶を伴って座り込んでいた。 全力で避難者のピストン輸送を続けるゆりかもめの順番を待ちながら、よみがえりつつある体の震えを必死に押さえつけていた。 晶を守らねばならない。その役割が無かったら、自分はあの現場から一歩も動けなかっただろう。 ちょうど10年前のように。 精神的に極度に疲弊した界人を動かしているのは、使命感だけだった。 「お待たせしました、修学旅行生の皆さんは・・・」 その放送の声が最後まで終わらぬうちに、クラスメイトたちは立ち上がってホームへと勇んで走り出した。 界人もそれにならい、ふらふらと立ち上がってホームへと向かう。 だが、その耳朶を不吉な音が叩いた。 ガタガタとアスファルトを破壊する音。10年前に聞いた音。 (・・・敵だ) 悟った瞬間、轟、と爆発音があたりに響き渡った。 悲鳴、怒号。逃げ惑うクラスメイト。その人垣の向こうに、敵の姿があった。 それは明らかにこちらに殺意を向けている。界人はその時、敵が左手の砲の照準を定める照準波を体で感じた気がした。 ―やられる―。 無意識に晶の体をかばったその瞬間、ぐらり、と敵の姿が揺れた。 「ナイスショットです、幕僚長!」 「致命傷ではない。それよりもシステム修復は出来そうか!?」 「やってますが・・・ええい、くそっ! こちらの命令をロジックエラーと判断して受け付けない!」 レーザーを直撃させたランドゲイザーの運転席で、ヤンは毒づいた。 『エイミです、こっちもダメ・・・どうして!?』 『こちらシャープ。こうなれば無理にでも敵をおびき寄せるしかあるまい』 言うなりシャープ大佐は、機体を急降下させて敵の頭上スレスレをかすめるように飛行し始めた。 エイミもそれに習ってギアを一気に落とし、足元を潜り抜けるように走りながら、拳銃で応戦する。 『敵の狙いがこちらに変わりつつある。今が好機だ、撃つぞ』 ランドゲイザーがレーザー砲の照準を敵ロボットの頭部に定めた。 『今だ!』 幕僚長がトリガーに指をかけた瞬間、敵の左腕がぴくり、と動き、 一瞬の後、炎がべろりと地面を舐めた。 膨張した空気が熱風を起こして窓ガラスを割り、周囲の物をたやすく吹き飛ばした。 それはゲイザーズにも同じ被害をもたらした。 気流の乱れがクラウドゲイザーの姿勢を乱し、ナイトゲイザーとランドゲイザーを横転させた。 「うわああああっ!」「きゃあああ!」 コクピットから悲鳴があがる。傷を負いながらも、ヤン達はそれぞれの機体から転がるように脱出する。 「ぐっ・・・くそっ・・・!」 ふと、ヤンは頭上に巨大な影を感じた。 目の前に砲口がある。 ヤンが息を呑んだその瞬間、猛烈な風と共に敵の機体は駅舎にぶつかるようにして吹き飛んだ。 何事かと目をやると、見慣れた2体のロボットが取り付いており、なおも攻撃を続ける敵を必死で押さえつけている。 「サイファー! イクスランサー!!」 『ぐうっ・・・! 早く市民を連れて脱出を・・・!!』 『急いでくれ・・・駅の中には界人もいるんだ!』 「だ、だが! 君達がやられたら誰がコイツを止められるんだ!?」 『私達が倒れても・・・彼らがいる・・・主任たちは早く避難してゲイザーズを目覚めさせてくれ・・・!!』 その時、敵ロボットのエンジン音が凶悪なうなりをあげ、サイファーとイクスランサーが引き剥がされた。駅舎にめり込むように2体は倒れこんだ。 『ぐおっ!!』 『まだまだ・・・! たとえ倒れようとも、人々だけは守ってみせる・・・!!』 「あ・・・あ・・・あぁ・・・!!」 界人の脳裏に、10年前の光景がフラッシュバックする。 燃え盛るビル群。逃げ惑う人々。うめき声、悲鳴。脳内にこびり付くような金属音。巨大なロボット達の足音。地響き。耳をつんざく化け物じみた火器の音。 そして、あの日の最後の記憶。 足元に血だまりを作りながら、立ったまま安らかな顔で旅立っていった両親の姿。 彼らはこんな言葉を残していった。 「界人・・・許してくれとは言わない。ただ、一つだけ頼みがある・・・」 「私たちのもう一人の子供たちを・・・頼みます」 (俺はあの時何も出来なかった・・・でも、今なら) 気を失っている晶を抱えあげると、界人は駅の出口に向かって走り出した。 その目にもう迷いは無かった。 駅舎にめり込んだ体をゆっくりと起こし、敵ロボットは頭部をせわしなく動かし始めた。 新たな破壊目標を選定しているのだ。 「ええい、このままでは・・・。雨宮さん、まだゲイザーズは起動出来ませんか?」 「ダメです、シャープ大佐・・・どうして、どうしてなの!?」 ノートPCに指を走らせながら、ヒステリーを起こしたように叫ぶエイミ。その時、敵の頭部がこちらを向いた。 『奴ら、次はスタッフに狙いを定めたか・・・。サイファー、お前は彼らと共に逃げるんだ。お前が死んだら、界人はどうなる』 『くっ・・・しかし』 「俺のことなら心配いらないさ、覚悟は出来てる」 ゆっくりとスタッフたちの前に盾となって立ちふさがったサイファーたちの足元に、界人はいた。 『界人!? 避難していなかったのか?』 界人は答えずに、晶をヤンに預けると、ゲイザーズのもとへと歩み寄る。 「・・・悪かったよ。お前たちの生き方はお前たちで決める権利があったはずなのに、勝手に戦いを強制したりして。・・・そうさ、親父たちが目指した超AIは、人間の道具にするためのものじゃなかった。人間の仲間であるために作られたものだったのに」 ゆっくりと界人はゲイザーズに語りかける。敵ロボットはそうしている間にもゆっくりと歩を進めてこちらにやってくる。 ギギギ、と音を立てて、左腕の砲が界人のいる方向に向けられていく。 「ゲイザーズ。戦いたくなければ、戦わなくていい。ただ、今だけは俺の頼みを聞いて欲しいんだ」 『界人、逃げてくれ! 敵は界人に狙いを定めているようだ!!』 「ほら、敵の来る音が聞こえるだろう。そいつはお前たちを壊し、ついでに俺たち人間も殺そうとしている。・・・俺は、10年前に家族をテロで亡くしてる。もう誰もそんな悲しい目に遭って欲しくないんだ。だから、力を貸して欲しいんだ」 ピタリ、と敵の左腕の動きが止まった。ゆっくりとかがんで射撃姿勢をとる。 『界人!!』 「誰の命令も聞かなくていい。けれど、お前たちにかけられた期待だけは、裏切って欲しくなかったんだ」 ギラリ。敵のセンサーが光り、界人の姿を完全にロックした。 『くっ、やらせるか!!』 『界人ぉぉぉぉっ!!』 イクスランサーとサイファーが斜線上に飛び込もうとしたその瞬間。 敵の砲身が、あっさりと爆ぜた。 「ウソ・・・?」 エイミとヤンはノートPCと目の前を交互に見やりながら、呆然としていた。 巨大な人型ロボットが、肩にレーザー砲を構えたまま仁王立ちしている。 『・・・命中』 それは、むっつりとそう呟くと、側にいるパトカーに目配せをした。 『フン、全く向こう見ずな奴らだ。ここに立っていては邪魔なだけだ、引っ込んでいろ』 「その声・・・君、目覚めたのか!?」 『俺は「君」ではない。ヤンとか言ったな。ナイトゲイザーという名を付けたのはお前たちだろうが。・・・とっとと乗れ』 「あ、ああ! エイミちゃん、行こう!」 エイミと共にナイトゲイザーに乗り込むヤン。二人が乗り込むやいなや、猛烈なホイールスピンと共にビルの陰に消えていく。 『クラウド、お偉いさんの面倒はそっちで見てやれ』 『ん〜、了解。ああ、危ないからちょっと離れててねぇ、皆様方』 「なっ・・・わ、わかった。幕僚長、総監、急ぎましょう」 妙に間延びした声がどこからかしたと思ったそのとき、先ほどまで大佐が乗っていた爆撃機が離陸し、姿を消した。 どこかに飛び去ったのではなく、不意に目の前から消えたのである。 そして次の一瞬には、敵の頭上でホバリングし、人型へと変形。 『おっそいねぇ。ま、寄せ集めじゃ無理もないか』 敵が気付いた時にはすでに、メインカメラに当る部分を鷲掴みにしていた。そのまま容赦なく引きちぎる。 外部からの情報をシャットアウトされた敵ロボットはバランスを崩してあっさりと転倒。だが、なおもその腕は闇雲に動きまわり、人間にとって危険極まりない状態には変わりなかった。 『あちゃあ。おまけにエンジンを利用した自爆システムまで組みあがってるみたいだねぇ』 『寄せ集めの分際で生意気な・・・気に入らん。本気で相手をしてやらねばならんようだな』 『・・・やるか。主任、合体許可を』 「で、できるのか?」 「それが・・・出来ちゃうみたいです、主任。さっき界人君が話し掛けてから、メインプログラムのあらゆる制限が解除された挙句、合体プログラムもフリーになってます・・・」 「そんな。合体には警察、自衛隊、米軍の3つの承認がないと出来ないようにしてあったはずなのに。一体何をしたんだ、界人君は・・・」 『能書きを垂れている場合じゃなかろう、ヤン、エイミ!!』 『チ、チーフ!?』 ヤンの通信機から、聞きなれた声が怒鳴りつけた。 『二人に代わって、俺が許可を出す! ゲイザーズ、お前らが守るべき事はただ1つ。お前たちにかけられた信頼と期待を裏切るな・・・。以上。あとはお前らを縛るものは何も無い! 出撃せよ、ファントムゲイザー!!』 『了解』 『フン、やってやるか』 『あいよ〜』 三者三様にコールを返し、彼らはフォーメーションを取り、宣言した。 「隠密変幻(ステルストランスフォーム)!!」 人型形態となったランドゲイザーを中心に、他の2機が変形してパーツとなって装着されていく。 ほどなくして、漆黒の忍が音も無く降り立った。 「ファントムゲイザー、推参・・・!」 予備のセンサーで新たな敵を捉えた敵は、ファントムゲイザーに残りの火砲を向ける。 が、それだけだった。一秒もしないうちに敵の左腕が不気味に赤熱化し、あっさりと爆散してしまった。 『マイクロ波、集中照射成功。ヒートシェイカー、作動確認・・・次』 それでも敵はすぐにプログラムを変更し、残る左腕のハンマーを威嚇するように振り回す。 『遅い』 一言ポツリと呟くと、ファントムゲイザーが一歩、踏み出した。 その一歩が半端ではない。見たものは一瞬、黒い影を見たような印象しか抱けなかったろう、それほどの瞬発力があった。 気付いた時には、既にファントムゲイザーは敵の懐に潜り込んでいた。 『・・・破!』 鋭い呼気とともに、アームが手刀で切り落とされた。 『敵、攻撃手段喪失。自爆の危険、大・・・サイファー』 「ああ、判っている。界人、いけるな?」 「もう大丈夫だ・・・あれを繰り返させるわけにはいかない! 行くぞ!」 『電脳結合(サイバネティックコネクテッド)ッ!!』 飛来したメガディスカバリーと合体し、ドレッドサイファーとなったサイファーは、すぐさま敵ロボットの足をがっしりと掴んだ。 「うおおおおおおおおっ!!」 サイファーと界人、両者は咆哮しながらジャイアントスイングのように敵を回転させ、 「いけええええええっ!!」 そのまま遥か上空に敵を投げ上げた。その上昇にあわせてファントムゲイザーがビルの壁面を三角蹴りしながら勢いをつけていき、同じくジャンプ。 『我が影の極意を見よ・・・破ああああああああッ!』 裂帛の気合を響かせながら、手刀が、蹴りが、千手観音の如く繰り出されていく。 見えない乱舞は次第に敵ロボットを鉄塊に変えていく。敵が完全に機能を停止したと見るや、ファントムゲイザーは五本貫手を形作り、敵動力部に深々と突き刺した。 『悪しき命よ、零に還れ・・・サイファー!!』 「了解した! 界人!!」 「FCSコンタクト・・・照準内!! 撃てッ!!」 界人が照準にさらに補正をかけることで、コズミックバスターは百発百中が約束された必殺の一撃を放つ。 ファントムゲイザーが貫手を引き抜いた直後に、コズミックバスターから発射されたレーザーが敵のボディを完全に焼き尽くし、完全に塵に帰した。 『よろしいのですね? 彼らは我々がお預かりするという事で』 通信機越しに聞こえる東郷の問いに、山本幕僚長たちが応えた。 「その方が良いでしょう。我々は超AIの意義を理解せず、自分たちの都合を優先してしまった。結果的にそのことが突発的な事態への対応を遅らせてしまいましたし」 「今回のことは上層部にとっても良い薬になったでしょう。彼らを理解してくれるよう、粘り強く説得を続けてみるつもりです」 「しかし・・・あの少年、界人君でしたか。誰も目覚めさせる事が出来なかったゲイザーズを、呼びかけだけで目覚めさせてしまうとは・・・運命じみた何かを感じざるを得ませんね」 『まあ・・・ね。その力を戦いに役立てざるを得ない無力さを痛感している所です。願わくば、彼らに少しでも長く普通の学生でいさせてやりたいですが・・・』 「界人・・・ありがとな」 「ん・・・いや。礼を言わなきゃいけないのは俺のほうだ。今日は散々迷惑かけちゃってさ」 臨時バスの車内。疲れ果てて他の生徒が全員眠っている中、話し掛けてきた晶に、界人は答えた。 「俺、今は東京に来てよかったと思ってる。最初は正直どうしようもなくイヤだったけど、もう大丈夫。新しい仲間とも出会えたし、それに・・・」 界人は車窓の外に目を移した。夕焼けで染まる慰霊塔の側に、ゲイザーズが立っている。 「親父と母さんの最後の言葉を聞けたんだ・・・あいつらを頼むって」 バスがゆっくりと発進する。界人は小さく窓の外に敬礼を送った。 ゲイザーズがそれに応え、くだけた敬礼を送ってくるのが見えた。 「よもや、あそこまでの能力を発揮するとはな。いよいよ軽視できなくなったな」 『口だけならなんとでも言える。だが、当座の戦力が俺だけではどうしようもあるまい』 「そういうなオメガ。前々から製作していたアレがいよいよ完成した。各国の軍のアーカイブからいろいろとヒントになるものを見つけられたのでな」 『ほう・・・流石といっておくか』 「次はお前の実戦テストを兼ねて出てもらうことになるだろう。それまで英気を養っておけ」 |