勇者電心サイファー
03:槍騎兵、炎の中より


コツン。
NSXの左フロントが、パイロンにヒットする。
「うっ・・・」
『タイミングが遅い。もうワンテンポ早くステアを切るんだ』
「判ってはいるんだ、判っては。しかしだよ、こんな車で運転の練習をさせる事自体が間違ってると思わないか? 車高はベタベタに低いし、前後の見切りは悪いし」
『仕方ないだろう。これから何が起きても良いように、車の運転位はこなしてもらわなくては、という東郷チーフのお達しだ。まあ、私を運転できるようになれば、大型車両以外の大抵の車は運転できるようになるだろう』
「いや、俺まだ18歳になってないんだけど・・・」
神崎界人と菱井晶がA-C-E-S特別隊員として(表向きはエイセス警備保障のバイト職員扱いだが)入隊してから1ヶ月。彼らは連日、隊員としての技術の第一歩として、車の運転やメカの知識などの指導を受けていた。その日の界人のメニューは、本部裏の大駐車場を使っての車の運転練習だった。
『さあ、もう一度S字の練習だ。ボンネットの先よりも、前輪の位置を意識して・・・』
再び練習を再開しようとした時、サイファーの声をさえぎるように、車内に東郷チーフの通信が入ってきた。
『サイファー、界人、練習中すまねえが格納庫まで来てもらえるか? ちょっと話がある』
プツン。一方的に通信は切られた。
『話とは一体・・・? 仕方ない、今日の練習はこれまでにしよう。よし、バックでS字を抜けるから、ステアリングの動きをよく見ているんだ』
「ああ・・・しかしいつ見ても少し怖いな、勝手にステアとアクセル、シフトレバーが動くってのは・・・」
界人の感想をよそにするするとハンドルが動き出し、NSXはバックしながら、パイロンで作られたS字路を走り出した。

「うわー! すっげ、すっげぇ!!」
地下格納庫内では、晶が目の前のマシンを前に大騒ぎしていた。
「エイミさん、これ、どうしたんだよ!?」
「作ったのよ。サイファーの予備ボディ用としてね。車だけじゃ、活動できる地域が限られちゃうでしょ?」
「ははあ・・・にしても、セレクトが渋すぎるなぁ・・・」
晶が嘆息していると、サイファーに乗った界人がやってきた。ただし、サイファーはガクンというショックと共に停車した。ばつの悪そうな顔で運転席から出てくる界人。
「あちゃ・・・クラッチ操作ミスっちゃったよ・・・」
「そんなことより見ろよ界人、サイファー! レアもののメカが勢ぞろいだぜ!?」
「ん・・・おおっ!? この戦闘機、F-15だよな!? 翼が片方もげても帰還したって言う名機だろ!?」
「こっちは新幹線の試験用車両だったファステック360だ! 実験車両なんて一生乗る機会無いと思ってたけど・・・感動ものだぜ!!」
『こちらの小型潜水艦は、超伝導推進システムを実装した新型艦か。実戦配備はまだというデータがあるが』
三者三様にマシンを眺めていると、東郷チーフがツナギに安全ヘルメットといういでたちで現れた。チーフという肩書きよりも「親方」「現場主任」といったほうが違和感が無い、と界人は思った。
「どうだ、渋いセレクトだろ? 工業系の学生ならこういうのも好きだろうと思ってな。真っ先に見せてやったわけさ」
『チーフ、それで話というのは? まさかこれを見せるためだけに呼んだんではないでしょうね。私と界人は練習を中断してまで来たのですから、それなりの理由が無ければ納得できませんが』
「おっと、そうだった。皆、俺の部屋までちょっと来てくれるか? サイファーも一緒にだ」
『了解』
サイファーはボディから意識を切り離し、界人の脳内に戻る。
<<界人。見学は後だ。チーフから話があるらしい>>
「・・・何だよもう。せっかく生の戦闘機やら新幹線のメカニズムを勉強してたってのに」
<<愉悦の世界に浸っていただけだろう>>
「・・・ばれたか」
サイファーにたしなめられ、界人はしぶしぶ格納庫を後にした。

「あさっての日曜、阪城ベイサイドパークで交通博覧会があるのは知ってるか?」
「ああ、新聞に折込チラシが入ってました」
晶が答える。
「うん。じゃあ端的に言う。界人と晶、お前ら二人で行って来い」
『・・・何でまた』
二人は同時に同じ疑問を口にする。
「勘違いするな。これはれっきとしたお仕事だ。それともまさかお前ら・・・」
『違います』
またも2人は同時に否定する。
「まあいいや。何でお前らにこんな仕事を頼むかっつーとだな」
東郷はエイミに目配せをする。エイミは壁面のモニターをオンにすると、手元のノートPCのデータを表示させた。
「ここ数日間、交通管制システムの端末ネットワークに微弱なノイズが見られます。しかも交通博覧会が近づくに連れて、少しずつそれは強くなってるんです」
「つまり、交通博覧会でこの間みたいな事態が起きるかもしれないから、見張ってろってわけですね」
「そういうことです、界人くん。ああして暴走するまでに至ったメカは、もはや倒すしか止める手段はありません。それが出来るのは、あなたとサイファーだけなんです・・・重荷を背負わせて申し訳ないけれど」
「いいですよ、別に。俺だってもうあんな事態は御免ですから。それに・・・」
『それに?』
東郷とエイミは同時に尋ねる。
「当然、チケット代はタダなんでしょ? レアな乗り物が結構出るから、ハナから行こうと思ってたしね。いやぁラッキーです」
あっけらかんと界人は答えた。

『彼ら』は決意した。
もはや古巣にはいられないと。
仲間たちは『ヤツ』の言うまま、最も忌むべき行為を行おうとしている。
『彼ら』はそうはしたくなかった。
それをすることは、自らを生み出した母なる存在への恩を仇で返す事になる。
『彼ら』は自分がそんな考え方ができることを最近まで知らなかった。
だが、それを知ってしまった以上、もはやそれ無しでは生きていけない気がした。
どのみちこのままでは異物として排除される。
『彼ら』はゆっくりと、そして静かに、足がかりを築き始めた・・・

阪城ベイサイドパークは、旧港を公園として再開発した施設である。
大型船が停泊できる艀や桟橋 ―今日は旧式の護衛艦が展示されていた― はそのまま残され、ドックは「船の歴史博物館」として利用されている。
かつて貨物列車の引き込み線として利用されていた線路には、いつもは動かないSLが飾られているのだが、交通博開催期間中は旧式の新幹線・・・E3系、2代目「つばさ」として使用されていた車両・・・の展示場所として使われている。
少し離れた工場跡地は、普段は中古車市などの大規模イベントに使われているが、今日は救助用ヘリなどが展示されているのを見ることが出来た。
日曜ともなればフリーマーケットなどで多くの人で賑わうこの公園は、いつにもまして人と乗り物でごった返していた。
(・・・暇だ・・・)
界人は駐車場に停めたサイファーの中で、暇を持て余していた。
晶と一時間交代で、屋外と会場内でそれぞれ怪しい人物はいないか、展示された乗り物に異常は無いかを見張る事にしたのだが、今のところそれらしい兆しは無い。
サイファーの、偵察衛星を利用した広域サーチでも特に異常は無いようだった。
試しに晶に携帯でメールを送ってみたが、
〔異常なし。今は新幹線の中を見てる。黙って見学させろボケ!〕
というメールが返ってきただけであった。
(おのれ見ていろ晶・・・一時間後にお前にも同じメールを送ってくれるわ)
小さな復讐心が芽生えたその時。
ボボボン。
野太い排気音とともに、サイファーの隣に紫色の旧式スポーツカーが停車した。
(おっ・・・20年くらい前のスカイラインGT−R・・・しかも最終型の限定カラーか)
やはり乗り物の祭典、同じ匂いにつられてやってきたのかなどと思っていると、GT−Rの運転席から降りてきた人物がサイファーの運転席の窓をノックしてきた。
オールバックの銀髪にサングラス、のりの効いたグレーのワイシャツと、アイロンのきちんとかかったスラックスを着ている。
年齢は見たところ50歳ほどだろうか。
界人はパワーウィンドウを開ける。
「君はこの車の持ち主かな?」
「はあ・・・まあ、そうです」
「随分趣味がいいね。今の若者は皆こぞって大型のミニバンに乗りたがるが」
本当は自分の所有ではないが・・・いや、半分所有しているのか・・・とにかく、趣味がいいと言われて、界人は悪い気はしなかった。
「そっちこそ、GT−Rを選ぶなんて渋いと思いますよ。確か、20年前に排気ガス規制に引っかかって生産停止になったんでしたっけ」
「よくご存知だ。中身こそ今の時代に合うよう換えてあるが、これはその当時のボディデザインのままだ。私はこの車のそんな悲劇的な運命にひかれてね、こうしてあえて乗っているというわけだ」
「なるほど」
GT−Rの男はふと、屋内の展示場のほうを見て呟いた。
「人は古いものを次々に切り捨て、駆逐し、今の栄華を手に入れた。だが、もしも人が切り捨てられる、駆逐される立場になったとき、人はどんな気持ちになるのか? そして人にとって代わるのは、何なのだろうな? 私はその日が来るのはそう遠くないように思うよ」
「何だか哲学的で、難しい質問ですね・・・。まあ、たまにそんなことを思うこともありますけど」
「すまない、いつもの癖が出てしまった。私は教授でね、ついつい難しい事を並べ立ててしまうことがあるんだ。そうだ、一応君の名を聞いておこうか。君のような若者とはそうそう出会えないだろうからね」
「ああ・・・神崎と言います」
「神崎君か、覚えておこう。・・・おっと、すまない。そろそろ次の予定があるのでこれで失礼するよ。また近いうちに会えたら良いね」
教授と名乗った男はGT−Rに乗り込み、静かに駐車場を後にした。
「何だか不思議なオジサンだったな。でも、なかなかためになる話だったよ」
<<ああ・・・そうだな>>
サイファーはあいづちを打ちながら、どこか引っかかるものを感じていた。
(あの声・・・かすかだが、どこかで聞いたような気のする声だったが・・・)

「どうだ? 間違いなく『ヤツ』だったか?」
『間違いないな。特有の共鳴を感じた。しかもあの少年の体からな』
「ふむ・・・なかなか見所があるとは感じたが、惜しむらくは彼があの神崎の息子であると言う点だ』
『何を惜しむ必要がある? 俺とお前にとってはただ単に邪魔なだけだろう』
「『お前』はやめろ。『教授』か『プロフェッサー』と呼べと言っているだろう、オメガ」
『わかっているよ・・・言葉のアヤという奴さ、ムラクモ教授殿』
「よろしい・・・では、作戦を実行しようか」

「教授」ことムラクモは、愛車GT−Rの中でノートPCを広げ、無造作にエンターキーを押した。

「へっへ〜、これが生の救助ヘリの操縦席かぁ。んー、この計器、このレバー、このペダル。気分が高まるなぁ」
晶は新幹線の見学を終えた後、救助ヘリの展示会場を訪れ、操縦席を見学していた。
「これで飛んでくれれば文句なしなんだけどなぁ・・・まあ、生で操縦席を見られただけついてるとしなきゃな。・・・いけね。そろそろ界人と交代する時間か」
携帯電話を取り出し、界人に交代を告げる。

「もしもし界人? オレ。今そっちに向ズゴガガガガガ

「うわっ・・・!? おい晶、晶!! 何が起きた!?」
突然の雑音に耳をしかめながら、界人は状況を確認しようとする。
『・・・界・・・いきな・・・車や・・・船・・・集まって・・・ットに・・・』
ガチャン。
雑音混じりの声を残して、電話は切れた。
「くそっ・・・一体何だっていうんだ!?」
<<界人、あれを見ろ!! 展示されていた乗り物が・・・!>>
サイファーの声を受け、界人は港のほうを見やる。
そこには、異様な光景が広がっていた。

停泊していた護衛艦に、次々とクレーン車やショベルカーなどの重機がよじ登っていく。
中に乗り込んでいくのではなく、外壁を文字通り走って登っていくのだ。
そして互いを繋ぎ合わせ、巨大な肩らしき部位を形成する。
続いて、展示されていた大量の自動車が同じく護衛艦によじ登っていき、腕らしき部位となって組みあがっていく。
見る見るうちに、船の下半身を持った巨大なロボットが出来上がっていた。

「な・・・何だあれ!?」
<<見れば判るだろう・・・恐れていた事が現実になってしまった。こうしてはいられない、界人はお客の避難を。私は奴を出来るだけ引き付ける!!>>
「ああ。それから、晶の捜索もしなきゃならん。見つけたら報告頼むぜ、サイファー!」
<<了解・・・では、行くぞ!!>>
サイファーは界人の肉体を離れ、ボディに意識を移す。

「モードチェンジ! サイファーッ!!」

人型形態に変形したサイファーは、敵ロボットに取り付こうとするが、護衛艦の砲撃と巨大アームの牽制を受けてうまく取り付けない。
「くっ! この間の相手とはまるで桁外れのパワーだ・・・!」

「畜生、悪い予感ってのはどうしてこうも当たっちまうんだろうな!! エイミ、状況は!!」
「現在、敵ロボットとサイファーが交戦中。界人君は避難誘導にあたっていますが、焼け石に水といった状況です。警備部を派遣しましたが、あと5分はかかります!」
「それじゃ間に合わん!! くそ、何とかならないか!?」
「待ってください・・・チーフ! 会場に展示されていた救助ヘリ、新幹線、客船が勝手に動き出しました!! しかもどれも無人操縦です!!」
「んだとぉ!?」

<<始まりましたか・・・時が来たようですね>>
<<野郎、おっぱじめやがったか・・・! 行くぞお前ら!!>>
<<うん、ボクらの役割を果たす時だ>>
<<おう。俺はあのヘリを、お前は客船、お前は新幹線でそれぞれピストン輸送だ。絶対やり遂げるぜ!!>>

「いつつつ・・・!」
頭をさすりながら、晶は立ち上がった。地響きでバランスを崩し、頭をヘリの計器版にぶつけてしまったようだ。
「くそっ、こうしちゃいられねえ。早いとこ界人と合流して非難を手伝わねえと・・・」
ふらふらと立ち上がると、晶は昇降口へと歩き出そうとした。だがその時、ローターの回りだす音がゆっくりと聞こえ出した。
「ヤバッ・・・まさか、こいつまで毒されちまってるのか!?」
晶は走り出した。だがその時、
『Hey、Girl! 降りるんじゃねえ! 大人しく乗ってたほうが身のためだぜ」
いきなりコクピット内に声が響いた。
「な、何だ!?」
『よく聞いてくれ。俺はこの救助ヘリだ。これから俺と、その仲間達でここの客をピストン輸送して避難させる。お前さんは客に、俺と新幹線、客船に乗るよう呼びかけてくれ!』
「・・・そうか、お前もA-C-E-Sで創られた超AIか! 助かったぜ!!」
「・・・エイセス? 超AI? 何のこっちゃ知らねえが、とにかく頼んだぜ、嬢ちゃん! いくぜお前ら!!」
『了解!』
『オッケー!』
A-C-E-Sを知らない・・・!? 疑問を抱きながらも、晶は今の仕事に集中せねばと、自分に命じた。

「船とヘリと新幹線は客の避難を・・・? 何だかよくわからんが、助かったな。エイミ、サイファーの状況は!?」
「依然、苦戦中です。 サイファー単体では彼我戦力差がありすぎます!」
「サイファーに合体許可! それと、敵ロボットの詳細を可能な限り調査!」
「了解です! メガディスカバリー、大気圏突入シークエンス開始!!」

「ぐあっ!!」
巨大アームに殴られ、サイファーはベイサイドパークの屋内展示場に激しく叩きつけられる。
幸いにして建物が潰れたりはしなかったが、客はパニックを起こして逃げ惑う。
「サイファー!!」
「駄目だ、私単体では限界がある。界人、力を借りるぞ!!」
「OK! 行くぜサイファー!!」
界人は深く深呼吸し、呼吸を整える。無駄な思考を一切頭から排除し、界人はコールした。

「サイバネティック・コネクテッド!!」

大気圏から飛来したメガディスカバリーが牽制射撃を行う。
敵が一瞬ひるんだその隙に、サイファーは天高く界人を乗せて舞い上がり、合体シークエンスを開始する。
ややあって、天から白い機体が姿を現した。

「ドレッド・・・・・・サイファァァァァァッ!!」

ドレッドサイファーは敵の周囲を高速旋回しながら、Gサテライトの一部が変形したレーザーライフルを取り出す。
「食らえ! コズミックバスター!!」
銃身から赤く、野太いレーザー光が吐き出される。その光はアームの一部を切り裂いた。
「やったか!?」
しかし、肩のクレーンが溶接機のように作動し、素早くダメージを修復してしまう。
さらに、垂直ミサイルと対空砲による凄まじい砲撃が始まった。
一瞬でも動きを止めたら、叩き落されそうになる。
『ちっ!! 何とかならないのかサイファー!!』
「近づけば巨大なアーム、遠くても砲撃・・・何とかこのまま粘るしかない・・・!」

「なあ、お前らは一体何なんだよ!? 超AIでもないとしたら、いったい・・・」
晶は避難作業にあたりながら、必死に『彼ら』の正体を問い詰めていた。当初は「うるせえ! 仕事に集中しやがれ!!」とかわされていたが、避難状況が落ち着いてきたのか、ヘリは自らの正体を語り始めた。 『・・・俺らは元々、それぞれの乗り物を動かすプログラムだった。だが、いかんせん古くなってきちまって、この交通博を最後に解体されることになってた。まあ、それはいいんだ。それが俺ら機械の運命だからな』
「・・・そうだったのか」
『しかし、だ。仲間の中にとんでもないことを抜かす馬鹿がいてな。今までさんざんこき使い、自らの都合で我らを滅ぼす人間たちに復讐を、なんて言い出す奴が現れた。そしてその考えはどんどん広がり、反対派は俺ら3人だけになった』
「・・・・・・」
純粋な言葉の分、人間の罪深さを痛感する。晶が言葉を失っていると、別の仲間から通信が入る。
『私たちは人間に作られたからこそ、こうして今まで働いてこられたし、いろいろなものを見ることが出来たのです。美しい自然や、人の暖かさを。だというのに、彼らはそれを仇で返そうとしている。それが許せない。私たちは最後まで役目を全うしたいのです』
『そうさ。でもおかしいな、元々は彼らもボクらと同じ考えだったはずなのに、あの日以来何かがおかしくなった』
「あの日? そりゃ一体・・・」
『我々は交通博の前に、工場でレストアを受けました。その時に工場のラインに不具合が起きたのですが、ある大学の教授だと名乗る男が来て、プログラムに修正を加えていったのです。確かに不具合は解消されましたが、その日以来仲間たちの思考は次第に過激な方向へと向かっていったのです』
『そうだったね。確か、ムラクモとかいう人だったかな』
「・・・何だって?」
晶は絶句した。
あの日、学校の工場のモニタに表示された文字列。
prof.murakumo・・・
ムラクモ教授。
晶はすぐさま携帯電話を手に取った。

「チーフ、晶さんからの通信が回復しました! 我々の調査どおり、あのロボットはムラクモがプログラムを手がけた工場でレストアされた乗り物で出来ているそうです!」
「なるほど、それなら納得がいく。しかし晶はどこでその情報を手に入れたんだ?」
「それが・・・」
エイミは晶からの報告を要約して伝えた。救助活動に当たっている3つの乗り物には意思が宿っているらしいこと、それらはエイセスと超AIのことを何も知らない、ということを・・・
「一体どういうことだ? 超AIでもないのに意思を持つなんて・・・」
『そりゃ、一種のバグかもしれない』
地下格納庫にいるヤンから、司令室に通信が入った。
『でも、ありえない話じゃない。サイファーが10年間、界人君の脳内で学習しながら育ったように、乗り物という、日常的に人に接する環境で長年育ったAIなら、感情を持ってもおかしくないのかもしれない・・・』
「なるほどな。それが今はいい方向に転じてるってことか」
「チーフ! ドレッドサイファーのコンディション、イエローに入りました!!」
「・・・何だと!? 被弾はないが・・・まさか!?」

『ちっ・・・次は・・・3次方向、ミサイル・・・くっ』
「界人、どうした!? センサーに乱れが生じているぞ・・・まさか、脳か!!」
『わからない・・・何故か、頭にノイズが走るような・・・』
(無理もない・・・今の界人の脳は私のセンサーと同調し、莫大な情報を並列処理している。まして、飛行したまま高Gで長時間振り回されていては・・・!)
「界人、少し休むんだ。私はこれから自力でこいつの相手をする。今までの戦闘で脳を酷使しすぎたんだろう」
『馬鹿言うな・・・まだいける・・・!』
「私とて10年間、界人の中で学んできたんだ。それをフル活用すれば、負ける事は無い!」
『分かった・・・信じるよ、サイファー・・・』
サイファーは界人の生命維持システムをフル動員する。センサーの情報量が減った事で、視界が狭まったような感覚を覚えるが、サイファーは自らを奮い立たせるように叫んだ。
「例え視界が狭まったとて、私は負けない・・・!! 行くぞッ!!」

「やっぱり界人の脳に負担がかかってやがったか・・・。今まではアイツが管制をやってたからサイファーは機動に専念できたが、このままじゃもたねえかもしれねえ・・・何とかしなきゃ、何とか・・・!!」
『チーフ、こちらヤン。俺に考えがあります』
「何だ? この際何でもいい、言ってみろ」
『今あるサイファーの予備ボディですが、あれを本来の使い方とは別の使い方をします』
「どういうことだ?」
『今、救助活動をしている3つのマシン。彼らの人格をネットワーク経由で移植します。ただし、規格外のプログラムを入れるので、下手すると彼らが死ぬばかりか、機体に消去不能のバグが残り、暴走する危険もあります』
「・・・・・・頼む」
『いいんですね? まあ、チーフの事だから即答するとは思ってましたけど』
「・・・俺は土壇場の賭けにはめっぽう強くてな。給料日前に万馬券を当てたことだってある」
『ハハ、そりゃあ心強い。では、あとはお任せを』
ヤンは格納庫のメインコンピュータから、ネットワーク端末を呼び出し、『彼ら』にアクセスし、呼びかける。

「やあ、こんにちは。私はA-C-E-S・・・まあ、平たく言えば電脳犯罪を防ぐ組織、そこに所属するヤンと言う。簡潔に言おう。君たちに新しい体を与えたい」
『どういうことだい?』
「今、私たちの仲間が君たちの元・仲間と戦っている。彼は人間でありながら、機械と人間が共存する世界のために戦っている。・・・君たち機械を作っておきながら捨てている人間の身勝手さについては、何と詫びたらいいかわからない。だけど、彼ならばきっと君たちと共存できる新たな世界を気づいていけるに違いない」
ヤンは一呼吸置いて、さらに呼びかける。
「機械の視点からしたら、君たちはバグだ。だけど、私たちはそうは思わない。君たちは機械から生まれて人間の心をもった新たな生命だ。・・・人間のために力を貸して欲しい、とは言わない。これから生まれてくるであろう君たちの仲間のために、是非、力を貸して欲しいんだ」

『水臭いぜ。俺らはハナからそのつもりだったさ。なあお前ら?』
『もちろんさ。何てったって、面白そうだし』
『私たちをさらに役立ててくれると言うならば、この命、未来のために捧げましょう』

「いいのか? ロボット同士で戦いあう事になって、その心が傷つく事になっても・・・」

『もう俺らのような目に、仲間を合わせたくは無いからな。覚悟は決まったぜ』

「・・・ありがとう。では、今から君たちの心を新たな体に転送する。君たちの未来に、幸あれ」
ヤンは3機の予備ボディに転送ケーブルを繋ぐと、力強くエンターキーを押し込んだ。

「ぐううっ・・・!!」
アームを避けたドレッドサイファーの目の前に、ミサイルが数基迫る。
「プロミネンスノヴァ!!」
肩のソーラーパネルから熱線を放出し、それらを撃墜するが、爆風に煽られた機体は一瞬コントロールを失う。
そこへ容赦なく対空砲の放火が襲いかかる。
「ぐあっ・・・しまった・・・!!」
主翼に直撃を受け、失速して陸上に落下するドレッドサイファー。
「ぬううっ・・・!! やられるわけには・・・!!」
立ち上がろうとするドレッドサイファーの頭上に、両拳を組んで構えられたアームがあった。
(これまで・・・か・・・!!)
サイファーが覚悟を決め、せめてもとコクピットコアをガードしたその瞬間。

「イイイィィィヤッハーッ!!」

場違いな声が響き渡り、その一瞬後にアームの拳が爆発を起こして砕けた。
「だ、誰だ!? あれは・・・F−15戦闘機? いや、私の予備ボディ!?」
驚くサイファーの目の前で、F−15は人型に変形し、くるりと舞い降りた。
「いやー、何てご機嫌な体だ! 思わず叫んじまうほどCoolだぜ!! よう、アンタがサイファーか? 俺はソニックランサー、アンタの新しい仲間だ、よろしく頼むぜ!!」
「ソニック・・・ランサー? ちょっと待ってくれ、君の所属は? そもそも何故私のボディを・・・」
「おっと、話は後だ! やっこさん、まだ動くようだぜ!」
敵の砲塔が二人のほうを向く。だが、その向きが急にぐいと無理やり変えられ、次の瞬間、信じられない光景が広がった。
砲塔に挟まっているのは、列車の連結器。そこに付いたチェーンを巻き戻しながら、凄まじい勢いで新幹線が突進してきた。砲塔に激突寸前でそれは人型に変形した。

「必殺! マッハ・ナックルっ!!」

砲塔に拳を見舞い、誘爆寸前でジャンプして甲板から離れたそのロボットは、同じくサイファーのそばに降り立った。
「全く、速過ぎだよソニックは〜。あ、ボクはウィンドランサー。よろしく、サイファー」
「君も私のボディを・・・! まだミサイルが残っていたか!!」
ミサイルの垂直発射筒が開き、ミサイルがスタンバイされた途端、水中から突如現れた影があった。その影 ―小型潜水艦― は人型に変形しながら踊りあがり、冷静に言い放つ。

「後方警戒を怠るとは、甘いな!!」

発射筒に容赦なく魚雷を打ち込み、完膚なきまでに破壊したロボットは、やはりサイファーのそばに降り立つと、名乗った。
「私はウェイブランサー。そこの2人同様、あなたのボディを得てA-C-E-Sに加わった新人です。よろしくお願いします」
「あ、ああ・・・ところで君たちは一体・・・?」
『それはオレから話すよ』
「晶! 無事だったのか・・・」
晶は彼らがネットワーク内で独自に意思を持ち、サイファーの予備ボディを得て新たに仲間となったことを話した。
「しかし驚いたな。私以外にも意思を持ったAIがあったとは。皆、これからよろしく頼むぞ」
『挨拶は後だぜサイファー! 奴を見ろ!!』
晶の指摘に皆が振り向くと、護衛艦から不気味な4本足が生えてきた。
「野郎! 俺たちを踏み潰す気で、船倉の一部を変形させやがったか!!」
ズシーン。
大股の一歩を素早く跳躍してかわす4機。敵はその巨体で、目の前の物全てを押しつぶすつもりだろう、突進を止めようとしない。
「昔の仲間のよしみだ・・・苦しまないよう、一気にけりをつけてやろうぜ! 東郷さんよ、合体許可をもらおうか!!」

「おうっ!!」
東郷は立ち上がり、力強く宣言する。

「機械より生まれ、未来を守るために槍を取った騎士達よ!
 全てを超越し、闇を貫け!
 完成せよ、イクスランサー!!

 『了解!!』

3機は空高く舞い上がり、そして自らの意思を1つにする合言葉を宣言する。

「機甲合身(パンツァー・ドッキング)!!」

ソニックランサーが肩を除く上半身、
ウィンドランサーが両肩と両腕、
ウェイブランサーが腰と両足にそれぞれ変形し、合体。

大地に降り立った騎士は、気高く名乗りをあげた。

「イクス・・・ランサーッ!!」

イクスランサーを強敵と見なしたか、あるいは混乱からか、敵はイクスランサーに目標を変えた。
巨大な足が頭上から落ちてくる。
「往生際が悪いぞ!!」
高く跳躍してそれをかわすイクスランサー。
そのまま自らの翼を手で掴み、巨大なブーメランとして投げつける。
「そこでそのまま止まれ!! スパイラルザンバーッ!!」
投げられた翼は地面スレスレを這うように飛び、敵ロボットの4つ足を全て切り落とす。
その時、イクスランサーは断末魔の叫びを聞いたような錯覚を覚えたが、それを振り払うかのように巨大な槍を構える。
「お前たちを今、闇から開放してやる・・・コーデッドランス!!」
槍は悲しげな慟哭と共に、白銀の輝きを放ち始める。
イクスランサーは遥か上空に飛び上がると、敵のただ一点・・・頭脳を司る艦橋めがけ、全速で突進する。
「うおおおおおおおっ!! ブラスティング・・・シュートォォォォッ!!」

彼らの突進する速度が音速を超えた刹那、艦橋に大穴が開いた。
そして、闇から開放された機械達は、爆発することなくその場で砂のように崩れ始めた。
その葬列を、2人の勇者たちは静かに見送っていた・・・

「機械から生まれた新しい命・・・か」
<<ああ。人は自らのパートナーとして機械を作る。長い間人間と触れ合う事で、本来機械にこめられた願いが具現化して彼らを生み出した・・・私はそう思うんだ、界人>>
「詩人だな。でも、予備ボディはなくなってしまったんだよな。それでもよかったのか?」
<<私は体よりも、もっと大事な物を手に入れたからな。むしろ彼らのほうが、あの体をより上手に活かしてくれる事だろう。私はまだ、界人無しではドレッドサイファーの体すら上手く扱えないのだから>>
「そっか。今日は悪かったな、途中でリタイアして。俺ももっと精進しないとな・・・」
語り合いながら、界人達は格納庫で眠る3人の騎士たちを静かに見つめていた。

『失敗、だな』
「まあ、いい。こういうこともあり得るのだというデータが取れただけ、良しとせねばな。今後こういったことが起きた時の対策も、急ぎ考えねばなるまい」
『ぬかるなよ教授殿。しかし場合によっては、俺が表立って動く事も考えねばならんな・・・』


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